リビング京都 西南版 6月27日号
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バトンタッチ技術・思いを◇2面に続く来月はいよいよ祇園祭。1000年以上の歴史の中、その時々の〝町衆〟が思いや知識を継承してきたからこそ、今も祇園祭を迎えることができます。先人から何を学び、それを次世代にどのようにバトンタッチしていくのか━。祇園祭にかかわる、さまざまな立場の人に聞いてみました。祇園祭の〝ちまき〞といえば厄よけのお守り。巻く紙や飾りは山鉾町ごとに違うものの、芯の稲わらをササの葉で巻いた部分は同じです。このちまき本体を代々作っているのが、上賀茂・深泥池周辺に住む女性たち。現在、30軒ほどで担っています。「祖母が、一つ一つ丁寧に作っている姿を見て育ちました。本格的に作るようになったのは、結婚して子育てが一段落したころからです」と話すのは北村容子さん(70歳)。自分の家の田んぼで天日干しした稲わらと、仕入れたササの葉やイ草を使い、家の仕事の合間に一人で作業するのだそう。取材に訪れた日は、同じくちまき作りをしている義姉妹の辻繁子さん(80歳)と辻純子さん(67歳)も集まってくれました。「家の難をよけてくれる大切なお守りやから、丁寧に形よく仕上げるようにしています」と北村さん。技だけではなく、こういった思いも祖母から受け継いでいるようです。「今の心配は高齢になった人がいつまで元気に作り続けてくれるかということ。大切なちまきのことを若い世代に伝えていきたいと思っています」。繁忙期には、京都市内から北村さんの娘も駆けつけ、手伝いをしてくれるそう。みんなの思いは、こうして次の世代へと受け継がれていきます。祇園祭山鉾連合会の監事でもある古川さんは、「祇園祭が楽しい。特に船鉾が話題になると、うれしくてたまりません」。古川さんの後ろの建物が町家。奥の蔵に船鉾が収められています船鉾巡行の様子 ※写真提供/祇園祭船鉾保存会「若いときに比べて、手が遅くなりました」と言いながら、稲わらの先を丸めた芯をササの葉で覆い、イ草を巻き付けて、形のよいちまきを次々と作っていきます(右から北村容子さん、辻繁子さん、辻純子さん)※写真提供/祇園祭山鉾連合会昨年の祇園祭から、「前祭(さきまつり)」(7月17日)と「後祭(あとまつり)」(7月24日)が約50年ぶりに復活しました。この前祭の最後尾を巡行するのが、「船鉾(ふねぼこ)」です。祇園祭船鉾保存会の5代目理事長を務める古川雅雄さん(78歳)は、祭りを支える船鉾町の町衆をまとめる存在です。中学生のときに伯父の古川家の養子に入ったため、「祭りの手伝いをするようになったのは高校生のころから。最初は、町家(ちょういえ)という集会所の掃除。道具類を磨いたり飾り付けたりで大忙しでした」祭りへの意識が変わったのは45歳ごろ、運営する立場になってからです。「それまでは自分の仕事のことで手いっぱいでしたが、人をまとめる難しさ、町衆組織の意義に考えが及ぶようになりました」この10年ほどの間に町内にはマンションが建ち、住民数が増加。現在は150世帯が住んでいるそう。「祭りは、住民の絆がないと続けられません。私たちの時代は、言葉で説明してもらえず、仕事は見て覚えるしかありませんでした。でも、今は今のやり方で、町衆の心を伝えていきたい」と話す古川さん。そのために活用されているのが町家。2006(平成18)年に改修され、祭りのさまざまな仕事や会合のために町衆が集います。「祭りの準備は1年がかり。ここで一緒に作業し、時には飲み食いをすることもあります。折に触れて話をするつきあいがあってこそ、心が伝わると信じています」撮影/伊藤信、橋本正樹ほか厄よけの願いも込めて鉾町へ出来上がったちまきは、山鉾町に納めるまで家で保管。「日に焼けて色が悪くならないよう部屋のカーテンを閉めて、ちまきには布をかぶせています」(北村さん)30年以上ちまきを作る北村容子さん、辻繁子さん、辻純子さん普段の付き合いが深める町衆の心祇園祭船鉾保存会・5代目理事長 古川雅雄さんいく、受け継いで2015年6月27日1721号本誌・送料とも無料土日祝除く午前9時30分~午後5時 1 0120(855)123リビング京都検索http://kyotoliving.co.jp/京都でかなえる家づくり2015年度版Building Your Dream Home in Kyoto 2015

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